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福岡地方裁判所 昭和40年(わ)984号 決定 1966年3月30日

被告人 O・T(昭二四・一一・二八生)

主文

本件を福岡家庭裁判所に移送する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和四〇年一一月○○日午後四時三〇分頃、福岡市○○町○丁目○組○○水産加工兄弟商会塩乾魚燥場において、同僚の○前○孝(昭和二三年七月四日生)とともに塩乾魚乾燥の作業に従事していたところ、隣接して乾燥場を持つ○田○次(大正三年一〇月二八日生)および、同人の婿○原○夫より、被告人らが並べた干台が○田方乾燥場にまでおよんでいるのを引っ込めるよう叱責されたことから、口論となり、○前か、○田および○原と話しをつけるべく○田方西側横路地にいたったとき、○田が○前の着用していたジャンバーの襟首を掴み手挙で同人の顔面を殴打したので、これを見た被告人は激昂のあまり俄かに殺意を生じ、直ちに、附近の前記商会の屋内包丁置場に引返し、刃渡り約二〇センチメートルの剌身包丁一本を持出し、右腰に構えて○田の後方に走り寄るや、左手で同人の右肩を押し、両者向きあうやいなや、右○田の左上腹部を一回突き剌し、よって同人を上腹部剌創による左副背等の離断に基く出血により、同日午後六時二一分、福岡市大字○○○○○番地○田医院において死亡せしめて同人を殺害し、

第二、同年八月○○日午後一時頃同市○○町○○橋上において、たまたま通りあわせた中学の同期生○崎○行(昭和二四年四月二九日生)を認めるや、同人より金員を喝取しようと企て、同人を呼止めて「金を持たんか、ちょっと貸しやい。」等申し向け被告人の在学当時、および、その後の生活態度等を知っている同人をして、もしこれに応じなければいかなる危害を加えられるかも知れないと感得畏怖させ、よって、即時同所において同人より、その所有の現金八〇〇円の交付を受けてこれを喝取し、

第三、同日午後八時三〇分頃、同市○○町○○寺前路上において、たまたま小学校の同期生である○橋○道(昭和二五年一月一日生)を認めるや、同人より金品を喝取しようと企て、同人に対し、「金を持たんや。」などと申し向け、もしこれに応じなければいかなる危害や加害を加えるかも知れない態度を示して同人を畏怖させ、よって、即時同所において同人よりその所有の現金八〇円を、続いて、所携のあいくちを同人の横腹につきつけ語気荒く「時計を貸すや、貸さんとや」と申し向けて同人より、その所有のシチズン、オートデーター、セブン腕時計一個(時価約一万一、五〇〇円相当)を、それぞれ交付させてこれらを喝取し

第四、同月○○日頃の午後六時三〇分頃、同市△△○○町路上において、たまたま中学の同期生○本○勝(昭和二四年五月二日生)を認めるや、同人より金員を喝取しようと企て、同人に対し、「金を持たんや。」「どうしても金のいるけん作ってやらんや。」等と語気荒く、かつ執拗に申し向け、もし、これに応じないときはいかなる危害を加えるかも知れない態度を示して同人を畏怖せしめ、よって、その頃同所において、同人よりその所有の現金五〇〇円の交付をうけてこれを喝取し、

第五、法定の除外事由がないのに同年二月初め頃から同年一〇月○日までの間同市○○○○△丁目の自宅において、刃渡り約二〇・八センチメートルのあいくち一振を所持し

たものである。

(罰条)

第一の事実 刑法第一九九条

第二ないし第四の事実 刑法第二四九条第一項

第五の事実 銃砲刀剣類所持等取締法第三条第三一条の二

(保護処分を相当と認める理由)

被告人の判示第一の殺人の所為は兇器を用いて人の生命を奪ったもので犯行自体重罪に属しその結果も極めて重大であり、判示第二乃第四の各恐喝、第五の匕首所持の所為もまた少年の非行として漸次悪質化の段階に入ったことを窺わせるに充分であるところ、一件記録殊に福岡家庭裁判所における調査記録により被告人の生い立ち、性格、将来への見とおしを検討するに、被告人は炭坑夫の長男として出生、幼にして父を失い姉、弟と共に、生活保護、失対人夫保険外交員、西鉄宏済会売店々員と困窮の生活下に苦闘する母の片手に育てられ、此の間本籍地から福岡市○○町の継祖母方に身を寄せたが同人及び同居者等とも折合が悪かった為、幼少時から家庭的団欒や近隣愛に恵まれず、昭和三七年頃弟の入院死亡に至る約十ヶ月間は母親の目も届かず放置され、生活費の一助にもと始めた新聞配達が却って不良交友の端緒となり中学一年頃からは喫煙、家出、怠学を繰返し腕力にまかせては学校内で金品の強要、暴行を反覆するに至り昭和三九年一二月福岡家庭裁判所において試験観察を受け、辛うじて中学を卒業し担当調査官らの奔走により工員として就職し神奈川県下の会社寮に入ったものの約四ヶ月後の昭和四〇年七月末頃には退職帰省し遊び暮している内判示第二乃至第四の犯行を重ね九月旧師の斜旋で自動車運転助手として稼動したが、判示第三の罪により同年一〇月一一日福岡少年鑑別所に収容され同月二二日福岡家庭裁判所において担当調査官による面接調査直後逃走し友人○前○孝と共に肩書住居地に住込んで店員として稼働していた際判示第一の犯行を犯したものであり、叙上の生育歴下に形成された被告人の性格は意思薄弱の反面自己顕示性強く情緒は安定せず反発的態度を示すこと多く、単純な動機による衝動的行為に走り易い傾向がある。要するに欠損貧困家庭における愛情、信頼の欠陥が調和のとれた性格の形成を阻害し少年期の浮動的情緒を悪の面に向わせたもので、被告人の年齢から考え末だ全く抜き難い悪性が固成されたものとは認められず、本件各犯行も判示第一のそれは全く誘発的衝動的なもの第二乃至第五のそれは単純幼稚で十分矯正可能なものと云わざるを得ない。

そうだとすれば本件に対する処遇としては、未だ十分可能性に富む少年の被告人に対し、現状では未だ保護の限界を超えたものとして刑事処分を科するのは相当でなく先づ施設に収容して相当期間に亘る集団的な生活指導、職業訓練を通じその性格の矯正特にその社会性の函養を鄙り、併せて将来社会に復帰する場合に備えて環境を調整しておくことにより再犯を防止し社会人としての成長を期することが望ましく、よって被告人に対しては保護処分を以て望むのを相当と認め、少年法第五五条を適用して本件を福岡家庭裁判所に移送することとする。

よって主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 安仁屋賢精 裁判官 岸野寿雄 裁判官 斎藤清六)

参考二 少年調査票<省略>

参考三 鑑別結果通知書<省略>

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